行き当たりばったり小説:神火 #3 rev.1
思い付きで書いていくと、なかなか物語が展開しません。難しいけど、書き続けてみます。書き続けていれば、いつかきっと、何かに届くかもしれないし^^
#rev.1:2016/10/30
島に関する情報をいくつか追加。新キャラ 三田さんも登場です
※最初・途中から読みたい方はこちらから→カテゴリ「小説」
神火 #3
美琴に怒られるので、使った皿を洗ってから、相馬家を出る。
玄関を出ると皿を洗う前に呼んで置いた一人乗りのカートがもう待っていた。
カートはこの島独自の運輸機構でこれも実験の1つ。緊急用の車両を除いて、島内に道路はあるが車もバイクもない。
通常のカートは車に似ているが、一人乗り用はスクーターに似ている。
15歳以上は利用する権利が与えられ、AVRグラスを操作することで自分のいる場所の近くに呼ぶことができる。目的地について降車すると勝手に帰って行く。実験なので当然無料で利用できる。
操作は画面での行き先の指定と移動開始・停止以外の操作のみ。運転は不要となっており、島全体で制御されている。
神火島での実験開始以降稼働しており、交通事故は一度も発生していない。
エネルギーなどについては機密事項で公開されていないが、クリーンで再生可能なものらしい。世界が注目している実験の一つである。
しかしながら、バイクでのツーリングに憧れる高校生としては退屈な乗り物である。
AVRグラスをかけてコンソールを表示し、いつも通り公園の中央にあるパブリックベースを目的地として指定する。島内の各所にあるVRSにアクセスするための施設であり、ログイン中は無防備になってしまうため、安全に配慮した個室が多数用意されている。
神火島ではVRSに会社や学校がある。
だから基本的に通学も通勤も必要ない。多くの人は自宅からアクセスしている。
俺も自室からログインすれば学校には行けるのだが、居候的な存在であり少しでも相馬家から離れていたいし、健康に問題のない高校生としては一日家から出ないのも不健康な感じがするので、毎朝公園まで出掛けてログインしている。
喬さんの受け売りだが、VRSにおける企業活動や教育は大都市において社会問題になっている電車や車での移動をなくすということだけではなく、病気や障害などで動けないが労働意欲や就学意欲のある人がハンディを感じることなく社会参加できる場所を作るという考えに基づいているらしい。
神火島では本人から定期的にスキャンしている3次元データを使っている。恐ろしく性能が高いシステムを採用しているためか、VRSがリアルと錯覚してしまうようなクオリティがある。
例えば事故などでリアルでは車椅子で生活している人でも、VRS内では歩くことも走ることもできる。身体的なハンディキャップがを周囲の人間に感じさせることもない。健常者と同じように生活できるということは自信となり、精神的にも良い効果が出るという実験結果も出ているようだ。
個人情報なので公開されていないが、実際クラスメートの半数は病院などにいるらしい。もう半年になるが、リアルで会ったことのあるクラスメートは美琴を除けば大悟と他数名だけだ。
もう半年になるが、まだ神火島の生活には慣れていないような気がする。
自動制御されるカートシステムや仮想現実空間にある会社や学校など先進的な実験が島の外の生活とは大きく乖離しているからだろうと思っている。それが可能なのは神火島が相馬グループが所有する半人造の島だからである。
20xx年、地球を襲った巨大隕石落下の危機。人類滅亡と騒がれたが、世界各国の宇宙技術というか軍事技術を結集することにより、衛星軌道上での隕石の破壊には成功した。
しかし無数の破片が地球上の各地に降り注ぐことになり世界中各地で大災害が発生した。いくつかは都市部に落下しているため、地球の人口は2割ほど減ったと言われている。俺も両親を失った。
その時日本近くの太平洋に落ちた大きな隕石の一つが海底の火山活動を刺激し、隆起して出来たのが神火島である。
隕石が落ちる光景を「空から神の火の矢が降り注いでいる」と報道した放送局があり、それがそのまま島の通称、やがて正式名称になったと聞いている。
その後、相馬グループ、正確にはそのトップである喬さんが島全体を買い取り、かなりの私費を投じて実験都市を構築した。大恩人である喬さんは柔和で複数の博士号を持つくらい頭の良い人なのだが、正直何を考えているのかわからないところがある。
だから、ここは日本であって日本でない。相馬グループ所有の私有地である。本土(島民は本州をそう呼んでいる)では「相馬神火国」と揶揄する人達もいるらしい。
実験内容が外部に漏れないように島民は審査もしくは相馬グループがスカウトした人で構成されており、一定の入島審査に合格しないと居住できないようになっている。
衣食住に労働や教育などが保証される代わりに、実験として生活状態は常時モニターされているし、島外とのコンタクトは大幅に制限され、全てチェックされる。
広い島内で自由に動き回れるため、普段は感じないが基本は囚人と同じ状態である。
それでも親類もなく、今までの生活を忘れたい俺のような人間にとっては天国のような場所であることに変わりはない。
喬さんによると入島を希望する人は後を絶たないらしい。先進的な実験は魅力的だが成果発表する機会も奪われるため研究者などの希望は意外に少なく、なんからの理由で今の生活から逃れたい人が多いらしい。
でもスキルや行動特性など多面的に審査されるため、通過する人はごく僅かだそうだ。喬さんの一声で入島できた俺はかなりの特例らしい。
最近では機密を狙う産業スパイも多いため、さらに審査が厳しくなっているようだ。
厳しい入島審査と徹底的な住民管理が先進的な近未来実験を可能にしている。それが神火島だ。
早朝なのに公園の入口に珍しく、人集りが出来ている。生活に不自由がなく刺激の少ない島だけに何か起こると人が集まってしまう。野次馬根性というのは変わらないらしい。
カートを一時停止させて近寄って見ると、救急用カートで失神した男を運ぼうとしている。通報したと思われる中年の女性に対してソーマ警察の人が質問している。
島全体が相馬家の私有地なので一般の警察は島内になく、ソーマ警備保障 神火島事業所が警察のような役割を果たしている。住民は敬意と親しみをこめてソーマ警察と呼んでいる。消防署も存在しないので、救急用カートもソーマ警察に所属している。
「ねぇ、三田さん。何かあったの?」
野次馬の中に見つけたのは、数少ないご近所の顔見知り、噂好きのおばさんである。島伝説探求部の貴重な情報源だったりする。
「あら、巧ちゃん! 事件よ、事件。また不審者が出たのよ」
不審者自体は珍しくない。審査に落ちた産業スパイの多くは島に不法侵入してくるからだ。
厳重に警備された島内に入ること自体がかなり難しいようだが、徹底に監視されている中で登録されていない人間が生活する=食料を調達することはかなり難しい。機密情報を狙う前に食べ物欲しさにコソ泥やひったくりなどを行うこととなり、ソーマ警察が捕まえて本土に軽犯罪者として送り返している。
数少ない島民にとっての脅威になっている。
「それが笑っちゃうんだけど、襲った女の子から返り討ちにあって、倒れちゃったのは不審者の方なのよ」
三田さんがAVRグラスをかけたので、俺もかけると近くの監視カメラの画像が送られてきた。どうやってアクセスしているのかわからないけど、彼女はセキュリティが厳しい島のシステムに容易く侵入してしまうスーパーハッカーだ。
遠くから撮ったもののようで画質はあまり良くないが、公園横を通過しようとしている若い女性が乗ったカートを男が無理矢理停めてバックを奪おうとしている様子が映っている。
「あいかわらずの早業だね、三田さん」
と言うとVサインを返してくる。陽気な女性だ。
抵抗し走って逃げようとする女性。それを追いかける男。画面から二人が消えたと思ったら、男が後退りして戻って来た。女性が消えた方向から現れた黒い霧に包まれて、男はその場で失神していた。
監視カメラの時刻は約1時間前。そんな時間にこの場所を通る女性といえば、美琴しか思いつかない。服装にも見覚えがある。黒い霧はまどかが見せた一週間後に起こると映像と似ている。既に美琴には何か起こっているのだろうか。
「なにかしらね、この黒いの。ソーマの痴漢よけの新製品かしら? 最近物騒だし私も欲しいわ」
「そうかもね、じゃ俺はそろそろ行くよ」
バイバイと言って手を振ってくれる三田さんにサヨナラすると再びカートを発進させた。
美琴に何があったのか確認したい。
急いでみたが、公園のパブリックベースに到着した時には始業時間直前だった。急いでログインすると始業のチャイムが鳴っている。ぎりぎりセーフ、ちょうどホームルームの始まる時間だった。
クラス内を見まわすと、美琴は少し困惑したような顔で下を向いたまま、席に座っている。遅刻寸前に教室にログインすると、いつもは怒った顔で睨んでくるのに、やっぱり今日は様子が変だ。
美琴の隣では大悟が親指を立ててこちらに合図を送り笑顔を見せている。こちらも同じように指を立てて返事をする。大悟は無事だったようだ。あいつにも休み時間に昨日の話を聞かないといけない。
普段より少し遅れて教室に入ってきた加賀先生の後ろからついてきた女の子の顔には見覚えがあった。
「みんなおはよう。今朝は転入生を紹介する。今日からクラスメートになる仁野アイミさんだ。仁野さん、挨拶してくれ」
「本土から転入してきました仁野アイミです。みなさん、よろしくお願いしま~す」
転校の挨拶には慣れていますという感じで、にこっと笑った顔が俺の方に向けられる。
クラス内がざわつき始めた。
「可愛い」
「こんな時期に入島審査に通るなんて珍しい」
「彼女、何かあったのよ、きっと何かあったんだよ」
「何があっても僕が許す。だから大丈夫」
意味不明な発言も多いが、概ね好意的にアイミは受け入れられたようだ。
「じゃ、席は神代の隣」
一瞬でざわざわした感じがなくなり、男子全員が俺を睨む。
俺が悪いわけじゃない! それに隣に空席なんてないぞ、と思ったが、そこはVRSの便利さ、机と椅子の設置から部屋の大きさの変更まで一瞬で出来てしまうらしい。
席に向かう途中、アイミが囁くような声で話しかけてきた。
「早速で悪いけど、ちょっと緊急事態発生中なの。手伝ってね、タッくん」
彼女の手が俺の肩に触れたと思ったら、強制的にログアウトされてしまった。
(つづく)